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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)84号 判決

原告 株式会社 小林商店

被告 芝税務署長

主文

被告が原告に対し昭和四三年六月二九日付でした原告の昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日までの事業年度の法人税更正処分のうち課税所得金額一一〇万七、一六五円を超える部分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

(原告)

主文と同旨の判決

(被告)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決

第二原告の請求原因

原告は、食肉の販売を目的とする会社であるが、昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日までの事業年度(以下本件係争事業年度という。)の法人税につき、課税所得金額一〇〇万一、九八五円、税額二四万七、五八〇円と確定申告したところ、被告は、昭和四三年六月二九日付で、賃借料否認七万九、〇〇〇円、権利金償却否認一万二、〇〇〇円、海外渡航費否認四万三、五〇〇円、前代表取締役小林虎吉に対する退職金否認一七〇万円、東京食肉市場株式会社に対する営業権譲渡収入計上もれ六〇〇万円、以上加算金額合計七八三万四、五〇〇円から法人税引当金より支出した事業税二万九、三二〇円を控除した七八〇万五、一八〇円をもつて増加所得金額と認定して、右課税所得金額を八八〇万七、一六五円、税額を二八八万九、二〇〇円と更正した。しかし、被告のした退職金否認一七〇万円、営業権譲渡収入計上もれ六〇〇万円は、次に述べる理由によつて違法であるので、本件更正処分のうち課税所得金額一一〇万七、一六五円を超える部分の取消しを求める。

(一)  過大退職金一七〇万円の損金算入否認の違法性について。

小林虎吉は、原告会社の代表取締役であつたが、食肉流通機構の整備・改善を図るため、東京都と民間の共同出資によつて、昭和四一年九月一三日東京食肉市場株式会社が設立され、懇請されてその常務取締役に就任したのに伴い、同社の内規に従つて原告会社を退職することとなつたので、原告会社は、同人の前叙のごとき退職の事情と、同人が原告会社の創立者であつて創立以来その代表取締役の任にあり、原告会社を今日までに発展させたのは、ひとえに同人の献身的な努力と手腕に負うものであり、現に、同人の給料が同業種、同規模の会社の代表取締役の報酬額に比らべて低額であるのも、その差額相当部分を設備投資に充当してきたことによるものであつて、同人の原告会社に対する貢献度は、極めて高いこと(もつとも、退職当時における原告会社の売上金額、所得金額および積立金増加額は、他に比らべて、決して多額であつたとはいえないが、それは、原告会社が昭和三一年に小売部門を、昭和三六年に中間卸売部門等を開設して、多額の設備投資をしたことに基づくものであるから、右の一事をもつて、同人の原告会社に対する貢献度を低く評価することは相当でない。)を考慮し、退職金として、同人退職時の給料一八万円に勤続年数一二年五か月と役員功績倍率三・〇を乗じて得た金額六五〇万円を同人に支給することとし、その支払いの確定した本件係争事業年度において、右六五〇万円を損金に算入した。ところが、被告は、虎吉の役員功績倍率は二・一が相当であり、したがつて、これによつて算定した四八〇万円を超える一七〇万円が過大退職金であるとして、前叙のごとく、その部分の損金算入を否認した。

ところで、被告は、虎吉の役員功績倍率二・一は実際に支給した退職金の額を従業員支給方式による退職金の額で除した数値に、別表(一)および(二)(以下単に別表という。)記載の一一社の役員退職金の支払実例を勘案して決定したというが、役員に対する退職金の算定にあたり、従業員支給方式による退職金の額を参酌することは、合理的でなく、また、被告の挙示する一一社は、食肉の卸売のみを業としていたものであるから、食肉の卸売のみならず中間卸売および小売業務をもあわせ経営してきた原告会社とは、同業種、同規模のものといえないこと明らかである。そればかりではなく、右一一社につき被告が適正退職金額と認めたもののうち、B社の給料一五万四、〇〇〇円に対する適正退職金額一、六〇〇万円、K社の給料六万円に対する適正退職金額三四〇万円、D社の給料一七万五、〇〇〇円に対する適正退職金額六〇〇万円と原告会社の給料一八万円に対する適正退職金額四八〇万円とを比較すれば、その間に著しい不均衡のあることが窺われる。以上いずれの点からみても、被告の主張する役員功績倍率二・一は、不当に低率であるから、被告が原告会社の虎吉に対して支給した退職金六五〇万円のうち四八〇万円を超える部分を過大退職金としてその損金算入を否認したことは、違法であるというべきである。

(二)  営業権譲渡収入六〇〇万円計上もれ認定の違法性について。

原告会社は、前記東京食肉市場株式会社の設立にあたり、昭和四一年一二月一三日芝浦屠場における食肉卸売営業権を右会社に対し一、八五一万四、五〇〇円で譲渡し、内九五一万四、五〇〇円を同月一六日受領し、残額につき昭和四二年から昭和四四年まで毎年四月一日各三〇〇万円ずつ支払いを受ける旨の延払契約を締結したので、法人税法六三条(昭和四二年法律第二一号による改正前のもの。以下同じ。)一項の延払経理により、右内金九五一万四、五〇〇円と昭和四二年四月一日支払期日が到来する第一回賦払金三〇〇万円との合計一、二五一万四、五〇〇円を本件係争事業年度における営業権の譲渡所得として申告した。ところが、被告は、第一回賦払金三〇〇万円は翌事業年度の収入に属するものであるから、原告会社がこれを本件係争事業年度の益金に計上したことが同条項所定の「延払基準の方法」による経理をしたことにならないということと、法人税法六三条二項および同法施行令一二七条(昭和四二年政令第一〇六号による廃止前のもの。以下同じ。)所定の明細書の添付を欠いているという理由で、右延払経理を否認し、前叙のごとく、未収残金六〇〇万円の計上もれがあるものと認定した。

しかし、延払経理は、納税者の利益のために認められているものであるから、納税者においてかかる利益を放棄した経理をすることも法の趣旨・目的を逸脱しない限度においては、なお、適法な延払経理と認めるべきであり、第一回賦払金三〇〇万円は、本件係争事業年度の最終日の翌日たる昭和四二年四月一日その支払期日が到来するものであるから、原告会社のした延払経理は、法の定める要件に欠くるところはないものというべきである。また、法人税法六三条二項および同法施行令一二七条は、当時すでに有名無実の規定となり、明細書の添付がない場合でも、税務当局は事実上延払経理を認めていたし、それ故にこそ、第五五国会における改正によりそれぞれ廃止され、昭和四二年度からは明細書の添付を要しないことになつたこと、譲渡先である東京食肉市場株式会社は、前記のようにいわゆる半官半民の会社であつて、その経理に疑念をさしはさむ余地のないこと、原告会社は、被告所部職員に明細書を追完したい旨申し入れたが、上申書でよいとのことであつたので、昭和四二年一〇月七日被告に対し明細書の添付を欠いた理由と法人税法六三条一項の適用を認めてもらいたい旨を記載した上申書と題する書面を営業権譲渡契約書とともに提出したこと等からみて、明細書の添付は、前記法令の規定にかかわらず、延払経理の要件をなすものではなく、仮りに然らずとしても、原告会社が明細書の添付を欠いたことには、同法六三条三項の規定にいう「やむを得ない事情」があつたことは明らかである。それ故、被告が延払経理を否認して、未収残金六〇〇万円の計上もれがあると認定したことは、違法というべきである。

第三被告の答弁

原告主張の請求原因事実のうち、小林虎吉の原告会社に対する貢献度に関する主張事実は不知、法人税法六三条二項および同法施行令一二七条の各規定が当時有名無実のものとなつていたことは否認、その余の主張事実はすべて認める。

(一)  被告は、原告会社の虎吉に対する退職金六五〇万円の相当性を判定するにあたり、別表(一)記載のごとく、芝税務署管内において原告会社と同業種の法人で同時に東京食肉市場株式会社の設立に伴い退職した役員に対して退職金を支給した一一社を選定し、そのうちから、原告会社を含めた一二社の過去五事業年度における平均売上金額の合計額において各社の占める割合に比重五〇パーセントを、所得金額の合計額において各社の占める割合に比重二五パーセントを、また、積立金増加額の合計額において各社の占める割合に比重二五パーセントを乗じて、売上金額割合、所得金額割合および積立金増加額割合を求め、右各割合の数値の多寡により、事業規模および役員の会社に対する貢献度を上、中、下に区分し、原告会社は、E、F、Hの三社とともに、中グループに属することが判明したが、このうちE社の役員退職金額は、別表(二)記載のとおり、極めて低額であるところから、原告会社の利益にE社を除外して上グループのD社をこれに代え、結局、D、F、H社を事業規模および役員の会社に対する貢献度において原告会社に近似する法人であると認定し、右三社の役員退職金額算定における役員功績倍率をみるのに、D社は二・一倍、F社は二・〇倍、H社は二・三倍であるので、右三社の平均倍率二・一倍をもつて原告会社の虎吉に対する適正倍率と認めて、前記六五〇万円のうち四八〇万円を超える一七〇万円が過大退職金額であるとしてその損金算入を否認したのである。

なお、原告会社および前記一一社の退職役員の退職時の給料、勤続年数、支給退職金額、被告によつて容認された損金算入金額は、別表(二)記載のとおりであり、前記D、F、H各社のそれと比較すれば、原告会社の虎吉に対する退職金四八〇万円は、まことに、適正であるというべきである。

また、原告は、原告会社が多額の設備投資をしたため、売上げ金額、所得金額、積立金増加額ともに低調であると主張するが、設備投資自体は、右各金額の増減になんらの関係もないので、原告の右主張は、失当であるというべきである。

(二)  被告が前記営業権の延払条件付譲渡に係る収益につき法人税法六三条一項の規定の適用を認めず未収残金六〇〇万円の収入計上もれを認定したのは、延払条件付譲渡に係る収益について同条項の適用を受けるためには、同条項所定の延払基準の方法に従つた経理がなされており、かつ、確定申告書に明細書を添付することが必要であるのに、原告会社は、その自認するとおり、翌事業年度に支払期日が到来することとなつていて本件係争事業年度においてその支払いを受けていない第一回賦払金三〇〇万円を本件係争事業年度の益金に計上していて、法人税法六三条一項所定の延払基準の方法に従つた経理をしたものとはいえない(おそらく、これは、右三〇〇万円を本件係争事業年度の益金に計上するのでなければ、本件係争事業年度は一九九万八、〇一五円の欠損となり、虎吉に対する退職金の支給にも事欠くこととなるので、かかる事態をさけるための、利益繰作の目的でなされたものと思われる。)ばかりでなく、本件係争事業年度の確定申告書に明細書を添付しなかつたことによるのである。

第四証拠関係〈省略〉

理由

原告は、食肉の販売を目的とする会社であるが、本件係争事業年度において、代表取締役小林虎吉に対し退職金として、同人の退職時の給料一八万円に勤続年数一二年五か月と役員功績倍率三・〇を乗じた金額六五〇万円を支給し、また、東京食肉市場株式会社に対し芝浦屠場における食肉卸売営業権を代金一、八五一万四、五〇〇円、但し、内金九五一万四、五〇〇円は昭和四一年一二月一六日、残金は昭和四二年から昭和四四年まで毎年四月一日三〇〇万円ずつ支払いを受ける旨の延払条件付で譲渡し、同年度中に右内金九五一万四、五〇〇円を受領したので、本件係争事業年度の確定決算において、右退職金六五〇万円を損金に計上するとともに、延払条件付譲渡に係る収益につき、法人税法六三条一項の延払経理により、右受領した九五一万四、五〇〇円と第一回賦払金三〇〇万円の合計一、二五一万四、五〇〇円を益金に計上して、課税所得金額一〇〇万一、九八五円、税額二四万七、五八〇円と確定申告したところ、被告は、退職金算定における役員功績倍率は二・一が相当であり、したがつて、右退職金六五〇万円のうち該倍率によつて算定した四八〇万円を超える一七〇万円が過大退職金であるとしてその部分の損金算入を否認し、また、延払経理について、原告会社が翌事業年度の収入に属すべき第一回賦払金三〇〇万円を本件係争事業年度の益金に計上しているので、法人税法六三条一項所定の「延払基準の方法」による経理をしたことにならないということと、確定申告書に法人税法六三条二項および同法施行令一二七条所定の明細書の添付を欠くという理由で、右延払経理を否認して、未収残金六〇〇万円の計上もれがあると認定し、昭和四三年六月二九日付で、右課税所得金額を八八〇万七、一六五円、税額を二八八万九、二〇〇円と更正したことは、いずれも、当事者間に争いがない。

(一)  そこで、まず、被告のした退職金損金算入否認の適否について判断する。

法人税法三六条は、「内国法人が各事業年度においてその退職した役員に対して支給する退職給与の額のうち、当該事業年度において……損金経理をした金額で不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。」と規定し、右の不相当に高額な部分の金額の意義について、同法施行令七二条が「内国法人が各事業年度においてその退職した役員に対して支給した退職給与の額が、当該役員のその内国法人の業務に従事した期間、その退職の事情、その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等に照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額をこえる場合におけるそのこえる部分の金額とする。」と定めている。

おもうに、法人の所得の算定にあたり、或る支出が損金として益金からの控除の許されるのは、当該支出が収益をうるために必要な経費であることによるのである。したがつて、経済取引において一般に収益をうるために必要な経費として認められるものであるかぎり、それを損金に算入することができるのは当然であるというべく、この点について、役員退職給与とその他の支出とでその取扱いを異にすべき理由はない。法人税法および同法施行令が役員退職給与について特に前記のごとき規定を設けたのは、役員退職給与の損金性を決定する尺度たる当該役員の会社に対する貢献度が、各事案によつて異なるものであるとはいえ、これを算数的正確さをもつて客観的に測定しうべき基準がないために、その判断が主観的にながれ易く、個々具体的な退職給与金額には多分に益金処分としての性格を有する支出の含まれている事例が少なくないところから、役員退職給与の損金算入を認めるにあたつては、実体に即した適正な課税と租税負担の公平を期する見地から、法人の行為計算のみにとらわれることなく、その合理性の検討について特に注意を喚起せんとするにとどまり、損金としての要件を具備する役員退職給与であつても、当該事案における特殊事情をすべて捨象して同業種、同規模の他の会社の役員退職給与の支給金額をこえる部分の損金算入をすべて否定せしめんとする趣旨に出たものではないと解すべきである。

いま、本件についてこれをみるのに、原告会社の代表取締役であつた小林虎吉は、食肉流通機構の整備・改善を図るため東京都と民間の共同出資によつて東京食肉市場株式会社が設立され、懇請を受けてその常務取締役に就任したのに伴い、同社の内規に従つて、原告会社を退職したのであること被告の認めて争わないところであり、また、成立に争いのない甲第三号証、証人樋口信夫、小林虎吉の各証言および原告会社代表者田中金太郎尋問の結果によれば、虎吉は、昭和二九年四月それまで約一五年間にわたつて経営してきた食肉卸売業の経営権や得意先をも含めた資産一切を出資し、資本金三〇〇万円で原告会社を創立し、爾来昭和四一年九月まで一二年五か月間にわたり、代表取締役としてその運営に専念し、現在では、原告会社が本店のほか三つの小売支店と一つの中間卸売支店とを有する資本金八〇〇万円の会社に発展するに至つたことを認めることができる。もつとも、原告会社の過去五事業年度における平均売上金額、所得金額および積立金増加額が比較的低調であり、特に、昭和三八事業年度から昭和四〇事業年度までの申告所得金額が累年逓減していることは、成立に争いのない甲第二号証、乙第五号証の二に徴して明らかである。しかし、前掲各証人の証言によれば、昭和三一年ころより前叙のごとき食肉卸売業者統合の必要性が指摘されるようになつたところから、虎吉は、かかる事態に遭遇することを見越して、同年三月久か原駅前に小売支店を開設したほか、昭和三三年六月中野に小売支店を、昭和三七年久か原本通りに中間卸売支店を、同人退職二か月後になつたが昭和四一年一一月綱島に小売支店を設け、多額の設備投資をし、これによつて、昭和四一年九月一三日都内六九の食肉卸売業者を統合して東京食肉市場株式会社が設立されてからも、原告会社が食肉小売業者として存続することができるようになつたことを認めるのに十分であるので、売上金額、所得金額および積立金増加額低調の事実は、これをもつて虎吉の原告会社に対する貢献度滅殺の資料とはなし得ないものというべきである。

被告は、芝税務署管内において原告会社と同業種の法人で同時に東京食肉市場株式会社の設立に伴い退職した役員に対して退職金を支給した別表記載の一一社を選定し、そのうちから過去五事業年度における平均売上金額、所得金額および積立金増加額の近似するD、F、Hの三社を選び、右三社の役員功績倍率の平均値二・一が虎吉の原告会社に対する貢献度を示す適正な数値であると主張する。しかし、役員の会社に対する貢献度は、売上金額、所得金額、積立金増加額以外の要素たる法人の創立・再興の功績、資本金額など資産の内容等によつて異なるのはもとより、売上金額、所得金額および積立金増加額が同一であつても、設備投資―これは、当該事業年度の損益計算上は、右各金額の増減とは無関係であるが、本来企業将来の命運に係る事柄であるから―その有無および功罪によつて異なるものというべきである。しかるに、被告の選定した別表記載D、F、Hの三社が売上金額、所得金額、積立金増加額以外の右各要素の点においても、原告会社と類似するものであることを認めるに足る主張・立証はない。したがつて、右三社の役員功績倍率により算定された各支給退職金額は、これをもつて法人税法施行令七二条にいう比較すべき類似法人の支給退職給与の金額とはなし難く、むしろ、被告主張のごとき事実関係のもとにおいては、右三社のみならず、同表記載AないしF社のうち異常と認められるB社を除く五社の支給退職金額と比較対照するのが相当である。

しかして、前記認定に係る虎吉の原告会社に対する貢献度と、成立に争いのない乙第三号証の二ないし四、乙第五号証の三および五によつて認められる別表(二)記載A社およびCないしF社の各退職給与の金額に徴すれば、原告会社が虎吉の役員功績倍率を三・〇と定めたことが、同業種、同規模の法人の役員に対する退職給与の支給状況に照らして、不相当に失するものとは認め難く、他に右認定を左右するに足る的確な証拠はない。そして、虎吉の退職時の給料が月額一八万円であり、また、その勤続年数が一二年五か月であることは、当事者間に争いがなく、これらに基づいて算出すれば、同人の役員退職給与の金額が六五〇万円となることは、計数上明らかである。

されば、被告が右退職給与の金額が不相当に高額であるとしてそのうちの一七〇万円の損金算入を否認したことは、法の解釈適用を誤つた違法の措置であるというべきである。

(二)  次に、被告のした延払経理否認の適否について判断する。

(1)  法人税法および同法施行令によれば、資産の譲渡が、月賦、年賦その他の賦払の方法により三回以上に分割して対価の支払いを受け、しかも、その譲渡の翌日から最後の賦払金支払期日までの期間が二年以上で、譲渡の日までに支払期日の到来する賦払金の額の合計額が譲渡対価の額の三分の二以下となる条件を付して行なわれた場合には、これを「延払条件付譲渡」として、その譲渡に係る収益につき、当該事業年度以降の各事業年度の確定決算において政令で定める「延払基準の方法」による経理をした場合にかぎり、その経理した収益の額のみを当該各事業年度の所得金額の計算上益金に計上することを認めることとなつており(法六三条一、四項、令一二六条参照)、右「延払基準の方法」として、延払条件付譲渡に係る利益の額に、当該事業年度においてその支払期日の到来する賦払金の合計額が譲渡代金に対して占める割合いを乗じて得た金額の収益額を当該事業年度の収益の額とすべきことが規定されている(令一二四条参照)。かように、延払条件付譲渡に係る収益につき、所得の計算上、いわゆる延払経理―支払期日の到来した賦払金のみを当該事業年度の益金に計上する経理―をなしうるためには、同事業年度の確定決算において政令所定の「延払基準の方法」による経理をしたことを必要としているのは、延払経理をするかどうかが法人の自由な選択に委ねられている関係で、延払条件付譲渡に係る収益について確定決算の基礎となつた諸帳簿以外の帳簿等で各法人の恣意的な回収基準による経理がなされても、延払経理をしたかどうか、また、その経理の方法が同法二二条四項にいう「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に従つた計算であるかどうかを判定し難いことに由来するものである。

ところで、原告会社が昭和四一年一二月一三日東京食肉市場株式会社に対してした芝浦屠場における食肉卸売営業権の譲渡は、前記認定のごとく、代金一、八五一万四、五〇〇円、内金九五一万四、五〇〇円は同月一六日に、残金九〇〇万円は昭和四二年から四四年まで毎年四月一日に各三〇〇万円ずつ支払いを受ける約でなされたのであるから、法人税法六三条一項のいう「延払条件付譲渡」に該当すること明らかである。また、原告会社が右延払条件付譲渡に係る収益につき本件係争事業年度の確定決算においてすでに支払期日の到来した内金九五一万四、五〇〇円を益金に計上したことは、当事者間に争いがなく、また、同資産(営業権)の譲渡原価が零であることは、本件弁論の全趣旨によつて明らかであるから、少なくとも右内金に関する限度においては、延払経理の要件に欠けるところはないものというべきである。問題は、原告会社が本件係争事業年度の確定決算において延払条件付譲渡に係る利益の額として右内金のほかに翌事業年度において支払期日の到来する第一回賦払金を計上したため、全体として、「延払基準の方法」による経理をしたことにならないかどうかということである。この点につき、原告は、延払経理は納税者の利益のために認められたものであるから、納税者においてかかる利益を放棄した経理をすることも許されるように主張するが、第一回賦払金の支払期日が本件係争事業年度終了の日の翌日に到来するとはいえ、翌事業年度の収入に属すべき右賦払金を本件係争事業年度の益金に計上することは、法人税法施行令一二四条所定の「延払基準の方法」が、前叙のごとく、「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」を法定したものであることからみて、違法であるというほかなく、原告の右主張は、採用のかぎりでない。しかし、原告会社の延払経理には右のごとき違法な行為計算が含まれているとはいえ、該部分は、前記の適法な行為計算と分離しうべきものであるから、延払条件付譲渡に係る収益の未収残金を隠ぺいする等特段の事情の認められないかぎり、当該違法の行為計算のみを否認すれば足り、単にそれが含まれている故をもつて、前記の適法な行為計算による延払経理そのものまでも否認し、未収残金全額を本件係争事業年度の益金として一括課税するがごときことは、許されないものというべきである。そして、東京食肉市場株式会社は、前記認定のごとく、東京都と民間の共同出資によつて設立されたいわゆる半民半官の会社であるから、右延払条件付譲渡につき虚偽粉飾等の行なわれる余地があるものとは考えられないこと、また、成立に争いのない甲第一号証、乙第六号証、証人樋口信夫、小林伴由、小沢薫の各証言および原告会社代表者田中金太郎尋問の結果によれば、原告会社は、右延払条件付譲渡に係る収益について延払経理による確定申告をしたが、被告の所部職員から書類の不備等を指摘されたので、被告に対して法人税法六三条一項の適用を認めてほしい旨を申し入れ、さらに、明細書を添付しなかつた事情をも記載した上申告書と題する書面とともに、営業権譲渡契約書を被告に提出したことを認めることができ、右認定の妨げとなる証拠はない。

されば、原告会社には延払条件付譲渡に係る収益につき、未実現利益勘定を起していないとはいえ、その未収残金を隠べいする等特段の事情があつたものとは認められず、また、仮りに、原告会社が本件係争事業年度の確定決算において第一回賦払金を益金に計上したことが、被告主張のごとく利益操作の目的に出たものであるとしても、かかる事実は、原告会社の延払経理そのものを否認しうる事由とはなり得ないものというべきである。

(2)  さらに、被告は、原告会社の本件係争事業年度の法人税の確定申告書には明細書の添付が欠けていたのであるから、右延払条件付譲渡に係る収益について法人税法六三条一項を適用しなかつたのは当然である、と主張する。しかし、法人税法六三条二項および同法施行令一二七条が延払条件付譲渡に係る収益につき延払経理に関する同法六三条一項の適用を受けんとする者に対して法人税の確定申告書に延払経理をした金額の計算に関する明細書を添付することを命じているのは、税務署長の延払経理に関する調査を容易ならしめんとする趣旨に出たにすぎないのであつて、明細書の添付が同法六三条一項適用の要件をなすものではないと解すべきである。したがつて、原告会社が明細書の添付を欠いたことについて同条三項所定の「やむを得ない事情」があつたかどうかを審究するまでもなく、被告の右主張は、その理由がないものというべきである。

よつて、原告の本訴請求は、その理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部吉隆 渡辺昭 竹田穣)

別表(一)、(二)〈省略〉

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